大人になって発達障害と気づく女性たちに何が起きているのか?
【目次】
1. 大人になって発達障害と気づく女性たちに何が起きているのか?
2.内在化の悩みの声を上げる女性達
3.カモフラージュと心の内の悩み(内在化)
4.リアン・ホリデー・ウイリーの自伝
5. 2つの涙
6.人並みと比較する病い
7.まとめ
大人になって発達障害と気づく女性たちに何が起きているのか?
大人になって、自分は発達障害かもしれないと気づく女性が増えています。
「自分は物心ついた頃から、どこか人と違うと感じて過ごしてきた。でも、違うところを、周りに知られないように演技して生きてきた」と話される方もいます。専門用語ではカモフラージュとか過剰適応と言います。問題は、周りに合わせてばかりだと自分を大切にしている感じがなく、大人になってから、本当に自分がどうしたいか?という人生の方向が決まらないことです。対人関係で不安になったり、落ち込んだり、体の不調、体の慢性的な痛みなどの病気として表れることもあります。心療内科や精神科を受診して、不眠症、パニック障害、あがり症、社交不安障害などの不安障害、身体表現性障害やうつ病、新型うつ病、自律神経失調症という診断がついて治療を続けていても、今ひとつ、しっくりこない感じがする。大人になって発達障害に初めて気づく人でも、うつ病の薬をずっと飲んできたが、ADHDの治療薬に切り替えたら仕事のトラブルが減る人や逆にSSRIなどうつ病の薬でうつ症状が良くなる人、一方でうつ病の薬が効きにくい人など、一人ひとり状況は異なっています。
共通しているのは、発達障害の要素が幼い頃から存在し、社会や家庭で内面的な悩みを抱えながら、何とか周りに合わせて暮らしているうちに心の内に悩みが深くなり、色々な病気の根っこになっていることがあります。これを内在化と言います。
このブログでは、自閉スペクトラムについてお話しします。リアンの本の出版当時のアスペルガー症候群という用語をそのまま引用しているので混在していますが、今なら「自閉スペクトラム」特性に統一した方が良いかもしれません。ADHDについては、後ほどのブログで、ご紹介します。
内在化の悩みの声を上げる女性達
近年、世界中で、大人になって初めて発達障害に気づいた女性たちが、外からは見えない症状(内在化)や心の内面の悩みを自伝にする動きが高まってきました。日本でも、アスペル・カノジョなど、女性の発達障害をテーマにした漫画が続々出版されており、女性の発達障害が世界的に注目されていることが分かります。欧米の精神医学会では、女性の発達障害におけるカモフラージュに関する論文が急増しています。
カモフラージュと心の内の悩み(内在化)
カモフラージュとは、本人の精一杯の努力と工夫で一見適応しているように見えるため、発達障害とは気づかれにくい状態のことです。社会的に望ましい姿を一生懸命に装って無理を重ねる中で、自律神経失調症、心身症(摂食障害など)・パニック障害、あがり症、社交不安障害などの不安障害・うつ病などの病気の形に表れて、精神科や心療内科を受診される方もあります。様々な病気が重なってくるので、重ね着症候群と呼ばれることもあります。原因不明の胃腸、痛みなどの体の慢性的な病気となって表れることもあります。
もう1つ重要なのは、感覚(刺激)の問題です。専門的には感覚統合機能不全と言います。HSP、HSCとも重なってくるかもしれません。光、音、臭い、食べ物、味、肌に触れる触覚などが過敏だったり、鈍感だったりします。本人にも周りにも気づきやすいです。小さな音でも、耳に突き刺さり、怖くなるので耳栓をする。光がまぶしく、室内でもサングラスをかける。服も、タグが付いていると不快なので切り取る、靴下はいつも同じ長さのものしかはけない。砂やジャリジャリした物を触れないなど触感が過敏だったり、味や舌触り、口の感覚が過敏だったり、極端な好き嫌いがある、何かの味にこだわりハマることもあります。これらは、対人関係や職場で大きな支障となります。恋人に手を触れられると怖くなり、音、光、臭いで吐き目を催し、社会的な活動ができなくなることもあります。また自分の体に鈍感で、病気に気づかないことや逆に過剰に心配になり過ぎたりと適度に体のケアができない場合もあります。
しかし、自閉スペクトラムのこんなつらさを抱えながら、いろいろ自分なりの工夫をして何とか暮らしている人もいらっしゃいます。
発達障害を、みんな同じと考えることはできませんが、中には、発達障害の診断がついて救われた人も珍しくはありません
大人の発達障害の場合、家族の誰かが診断されて初めて、自分も自閉スペクトラムやADHDと気づくことがあります。今回、ご紹介するリアン・ホリデー・ウイリーも、その1人です。
リアン・ホリデー・ウイリーの自伝
アメリカの教育者で3女の母。末娘がアスペルガー症候群と診断されたときに自分もアスペルガー症候群と気づき、「アスペルガー的人生」という本を出版しました(東京書籍2002年)。彼女が苦しんできた心の内面に対して驚くほどの創意工夫と明るさに満ちた探索の旅が描かれています。「自閉スペクトラムの処世術」と呼ばれています。
子供の頃、高い知能を示して周りから将来を期待される。彼女の中では、周りの当たり前が分からない、ひとり遊びをしていた、外見やおしゃれに無頓着、本が好き、人のまねが大の得意(カモフラージュ)だった。感覚刺激の問題で苦しむ、音や大勢の声、光、香り、触れるなどが苦手。大勢で話しかけられると音が混じり聞き分けられず、苦痛、重労働、気持ちが悪くなり、めまいや吐き気で悩まされる。ハロウインパーティに普通の服装で参加して周りがみんな仮装しているのを見て秘密結社の集りかと驚いた。大学時代、ここに行けば自分と同じ人間に出会えるはずと期待したが、1人も見つからず、他の学生がどんどん派閥に固まり始め、自分1人が取り残されることに気づく。しかし、「ここで、ものの考え方や見方が変わり、自閉スペクトラムらしさが薄れていった」と述べています。(P249より抜粋、要約)
2つの涙
まず印象的だったのは、娘がアスペルガー症候群と診断される場面でのリアンと夫の反応の違いです。娘が心理検査を受けている様子を両親(リアンと夫)で見守り、結果の説明を受けています。2人とも涙を流します。しかし、2人の心の内は違うのです。リアンは次のように述べています(p161~) 。
「夫は、娘が間違った思い込みに基づいて検査に答え、不完全な答えを返し、つまずきが1つ、また1つとあぶり出される度に声を上げて泣く。不可解な謎だらけの娘」。
一方で、リアンは希望の光が見えたことによる歓喜の涙を流します。これまで自分が苦しんできたことは、自分のせいではなく、脳機能の違いによるものだったと肯定され、また、娘は自分のように苦しまず過ごしていけるのではないか!という明るい未来に対する期待が沸いたのです。
「普通」、「人並み」に自分を比べて押し潰す病い(カモフラージュ)
「このとき私は知った。この絵は誰もが美しいと思う絵ではないだろう、いや美しいどころか、誰もがガマンできる絵でさえないだろう。でも、これこそ私たちの絵であり、私たちにとっては完璧なのだ。あんなに昔から引きずってきた不安。ふがいなさ。それが全部、消えていこうとしている。私が周りと違っているというのは本当だった。重荷を背負っている。でも、私も娘も、悪い人間ではない、無力ではない、私たちの見方が間違っているのでもない」p161。「標準を目指すレースに終止符を打つことができた。演技を終わりにすること。それぞれに与えられた道を進むべきだ。自分の長所を少しでも活かし弱点から身を守ることを探していこう」。
「自分が普通と違うと気づいたときから苦しみは始まる。自分を大切にする意識もボロボロになることが余りにも多く、すっかり迷子になってしまった。しかし自分自身がアスペルガー症候群の特性と共存できなければ自信を持つことはできません。自分たちに向いた幸せを築く方法は、見つかるはずだ」。「心から娘のことを思う。娘に願うことは、ただ1つ。自分も他人も傷つかないこと」p170。自分なりのスキルを見つけ、「自分なりのアイデンティティを見つけるスキルを自分で手にするしかない。この子なら、いつかはやり遂げる」p166。「アスペルガー症候群の子は、『他人には他人の考えがある』ということを自分では気づかないので誰か教えてあげないといけない」p22。リアンには、これまでやってきた経験があるので理解できる。(本の要旨を抜粋、要約しているので、順番など原文通りでありません)
イギリスの心理学者のトニー・アトウッド(ガイドブック アスペルガー症候群、東京書籍)は、「リアンは、勇士だ。この自伝を読めば、この世界がアスペルガー症候群の人の目にはどう見えているかが分かる」とまで高く評価し、リアンが「私は、いくらつらい目にあおうとも、アスペルガー症候群を根治させる治療法が見つかることなど望みはしない。それよりも、もっと根絶して欲しい病は他にある。我が身を絶えず「人並み」という基準と比べずにはいられない病だ」と話したことが、とても印象的だと述べています。
まとめ
リアンのように、ここまで強い前向きな意思を持つことは、誰でもできることではないし、発達障害、自閉スペクトラムと一口で言っても、実に様々な人がいます。リアンは、自閉スペクトラム特性の薄いタイプかもしれません。つまり定型発達の人と自閉スペクトラム障害との中間点の微妙なバランスの上に立っていると考えられます。賛否両論、いろんな意見は出て来るかもしれません。この本は、たった1つの(彼女だけの)「リアンワールド」です。
しかし、「普通」「人並み」というありもしない枠に自分を合わせすぎて無理にしない(周りと折り合いながら、自分が健康を保てることが前提です)、自分らしさを見つけて大切にするという姿勢には共感でき、胸を打たれます。
自閉スペクトラムとされる人の特に対人面での感じ方を想像するに当たり、大変役立つ本です。本のいたる所に、困りごとに対してどう対処したかも書かれているため、その時のリアンの気持ちになって「この工夫は有効かも」と想像することができます。
カモフラージュ、内在化が深くなるとつらいのですが、社会や周りとの折り合いをとっていかないといけないので、ゼロにする訳にはいきません。バランスが難しいのです。
あらたまこころのクリニックは、リアンのような方や、、適応障害、パニック障害、あがり症、社交不安障害、不眠、うつ病などの2次障害の人のお役に立てればと願っております。
次回は、なぜ大人になって初めて発達障害と気づくのは女性に多いのか?について、取り上げます。
関連する情報
監修
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【出身校】名古屋市立大学医学部卒業
【保有資格】精神保健指定医/日本精神神経学会 専門医/日本精神神経学会 指導医/認知症サポート医
【所属】日本精神神経学会/日本うつ病学会/日本嗜癖行動学会理事/瑞穂区東部・西部いきいきセンター
【経歴】厚生労働省認知行動療法研修事業スーパーバイザー(指導者)の経験あり。2015年より瑞穂区東部・西部いきいきセンターに参加し、認知症初期支援集中チームで老人、高齢者のメンタル問題に対し活動を行っている。日本うつ病学会より「うつ病の薬の適正使用」のテーマで2019年度下田光造賞を受賞。
【当院について】名古屋市から、「日本精神神経学会から専門医のための研修施設」などに指定されている。
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