うつ病の薬の使い方を見直す 世界第3位のメガトライアル:SUN☺D研究から学ぶ
【目次】
大うつ病の薬物療法ガイドライン
SUN☺D試験はこんな試験‼
SUN☺D試験の出発点
SUN☺D試験で分かったこと
そのほかにわかったこと
おわりに
はじめに
あらたまこころのクリニック院長加藤が、2020年12月5日に、名古屋市瑞穂区薬剤師会で薬剤師の先生を対象に抗うつ薬の使い方に関する学術講演をWebで行いました。
私たち町医者は、地域の薬剤師の先生方と連携して力を合わせることによって、うつ病のより良質な薬物療法をはじめとする治療を提供できると考えています。薬剤師の先生方が専門資格を更新するのに必要な講義を、加藤が担当させて頂きました。
うつ病の急性期の薬物療法を上手に行い、再発を防ぐことがうつ病の回復に繋がり、結局は「薬に頼り切らない治療」になると考えています。うつ病が治りきらず、続いてしまったり再発したりでは、つらいです。これを避けたい。そのためには初期の急性期は効果のある薬物療法をきっちり続け、維持期になれば、認知行動療法など自己効力感を高める治療に軸足を移していく。これは、とても重要なことです。特に大うつ病性障害の場合、「初期の3週間の経過で、その後のうつ病の予後を予測することができる」という研究がすでに広く認めらています。ですから、初期の3週間はとても大切なのです。初期の急性期はどうしても薬物療法が主力になります。適切な薬物療法を軸にしてうつ病治療を進めていくことが、その後の予後を決めると言えるかもしれません。認知行動療法やカウンセリングなどは、一般的には急性期が落ち着いてから行う方が良いとされます。
今回は、その講演会の中でも京都大学が主導で行われたSUN☺D試験(2018)についてご紹介し、うつ病の効果的な薬物療法について考えていきたいと思います。
大うつ病の薬物療法ガイドライン
こちらの記事では、うつ病治療においては1~3週間での早期改善が、完全寛解において有効であることを、こちらの記事では、抗うつ薬の選び方についてお伝えしました。
次にお伝えするのは、お薬の調整の仕方です。
現在の大うつ病の薬物治療ガイドラインでは、抗うつ薬の用量に関して、有害事象に注意しつつ積極的に増量し、十分な量を投与する、とされています。
そして、十分量で数週間観察(4~8週間)して効果に乏しい場合は、抗うつ薬の追加もしくは他の抗うつ薬への変更が推奨されています。
今回ご紹介するSUN☺D試験(院長も本試験に参加)は、京都大学を中心に、全国の精神科、心療内科クリニック、精神病院、大学病院が結集して日本うつ病学会の最高の下田光造賞を受賞しました。)では、なんと、この治療ガイドラインを覆す結果が示されたのです。
日本うつ病学会での受賞講演
今回は、このSUN☺D試験をご紹介しながら、①抗うつ薬の適正量や、②最初の3週間で反応がみられなかった患者さんへの適切な次の一手について、お伝えしていきたいと思います。
SUN☺D試験はこんな試験‼
日本初の抗うつ薬大規模臨床試験。
なんと、世界1位の規模(8大学,48箇所の精神科医療施設での大規模調査。エントリー数2011人。)※当時は世界3位でしたが、その後1位と順位が上がったそうです。
論文はこちらで公開中(京都大学大学院医学試験科健康増進行動学分野教室)
精神医学(第62巻第1号2020年1月15日発行)で特集されました、アマゾンで発売初日で完売、売れ切れ。
SUN☺D試験の出発点
最初の疑問
①抗うつ薬の投与量はどれくらいが適正なのか?
→最低量で反応する人もいれば、最大量でも良くならず副作用で治療から脱落してしまう患者さんもいます。
②「十分量」のうつ病の薬を「十分の期間」服用しても、反応(うつ病の症状の重症度が半分以下になる)は50%、寛解(ほぼ正常気分になる)に至っては30%台(アメリカのスターDなど大規模規試験)。運良く、最初の薬で治れば良いが、うつ病の症状が残ったり、長引いたりすると、再発のリスクが高まる(詳しくはこちら/リンク)。
→反応がみられない残り50%には、どのような対応をすればいいのか?
治療現場の医師が誰でも抱いたこのような臨床上の疑問から、試験はスタートしました。そして、以下のようなステップで試験が行われました。
試験のステップ
①セルトラリンで開始。50mgと100mgの群に分け、比較。
②第3週の段階で寛解に至らなかった人たちを
- セルトラリン継続
- セルトラリン+ミルタザピン
- セルトラリン→ミルタザピン
の3郡に分け、9週目と25週目に評価。
結果はどうなったのでしょうか。
SUN☺D試験で分かったこと
50mgと100mgで差はあるか?
PHQ-9という質問紙を使って、うつ病の重症度の変化を追っていったのが上のグラフになります。オレンジの線が50mgの投与を受けた患者さま。水色の線が100mgの患者さまを示です。
この結果からは、50mgでも100mgでも、効果は変わらないことが分かりました。加えて、100mgでは副作用は増えるでしょう。
セルトラリンの投与量は50mgが適正であることが分かりました。
これは、“1 日25mgを初期用量とし、1 日100mgまで漸増”というそれまでの定説を覆す結果でした。
セルトラリン継続?ミルタザピン追加?ミルタザピン変更
→初期治療上の図は、セルトラリンを投与後、第3週の段階で反応がみられない(PHQ-9=13点)場合に、
- セルトラリン継続(緑の線)
- セルトラリン+ミルタザピン(赤の線)
- セルトラリン→ミルタザピン(青の線)
に分けて、PHQ-9を使って効果を測定した結果のグラフになります。
第3週にミルタザピンに変薬またはセルトラリンにミルタザピンを併用することで、9週間後の反応率も寛解率も約10%上昇することが分かりました。ただし、25週後には差はなくなります。
その他に分かったこと
それ以外にも、SUN☺D試験のデータを解析した結果から以下のことが分かりました。
良くなるプロセス
PHQ-9のスコアは、18.5( 0週)→15.3(1週)→11.5(3週)→7.8(9週)→6.0(25週)まで減少。9週までに37.0%が良くなりました。
自殺について考えること・不安や焦りで落ち着かないことは急速に改善しました。
やる気が起きない・眠れないといった症状はゆっくり改善しました。
寛解の予測因子
- 発症年齢
- 今の年齢
- エピソードの長さ
- うつ病の重症度
- 1週目の副作用
- 教育歴
以上のようなデータが、寛解のしやすさを予測するのに有効であることが分かりました。
再発の予測因子
- 0週でのPHQ-9抑うつ気分スコアが重度
- 0週での自殺念慮スコアが高い
- 抑うつ気分が重度
- 自殺念慮が高い
- 残存症状の存在
- 寛解時の副作用の重症度
たとえ治療反応が良好であっても、以上のような所見が得られた場合はうつ病の再発が予測されます
悪化する患者さん(全体の5%)
- 初回エピソードの発症年齢(若い)
- 現在の年齢(高齢)
- 抗うつ薬治療での早期ネガティブレスポンス(0週から3週までのPHQ-9スコアの大幅な増悪)
- 3週での副作用
これらの特徴が、悪化を予測することが分かりました。
おわりに
いかがでしたでしょうか。
今回は、うつ病に対する抗うつ薬治療を考えるヒントとして、SUN☺D試験(2018)を取り上げました。
SUN☺D試験で分かったことは、
①抗うつ薬治療をセルトラリンでスタートした場合、
②50mg以上増量する必要がないこと(定説では、暫時100mgまで増量とされていた)
③第3週の段階で反応がみられない場合、ミルタザピンを追加orミルタザピンに変更することで、9週での寛解率が10%増える
と言う事でした。
これまでは、日本やアメリカのうつ病の薬物治療ガイドラインでは、「うつ病の薬を副作用に耐えられるまで最大限まで増やして薬物療法を行う」と記されていますが、京都大学が行ったSUN☺D試験では異なり、これまでの治療ガイドラインを覆す結果でした。うつ病の薬の効果において、「セルトラリン50mg/日はセルトラリン100mg/日と全く同じ」でした。ただし副作用は増えるということになります。効果が同じなら、副作用や安全性、お薬代の費用の点でも、セルトラリン50mg/日の方が良いですよね。100mgにする意味は何もないですね。他の薬剤でも、同じ傾向を示すうつ病の薬や、そうでない薬もあります。今後もこのような臨床試験の知見を取り入れて、薬物療法を日々、アップデートしていきたいと思っております。SUN☺D試験もその後、京都大学とハーバード大学のロナルド・ケスラー教授のチームで追試され、マニュアルの編集作業が進められています。日本語訳になり出版され、普及するとよいですね。
関連する情報
監修
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【出身校】名古屋市立大学医学部卒業
【保有資格】精神保健指定医/日本精神神経学会 専門医/日本精神神経学会 指導医/認知症サポート医
【所属】日本精神神経学会/日本うつ病学会/日本嗜癖行動学会理事/瑞穂区東部・西部いきいきセンター
【経歴】厚生労働省認知行動療法研修事業スーパーバイザー(指導者)の経験あり。2015年より瑞穂区東部・西部いきいきセンターに参加し、認知症初期支援集中チームで老人、高齢者のメンタル問題に対し活動を行っている。日本うつ病学会より「うつ病の薬の適正使用」のテーマで2019年度下田光造賞を受賞。
【当院について】名古屋市から、「日本精神神経学会から専門医のための研修施設」などに指定されている。
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